こあらとベトナム

更新日: 2021.01.6

ベトナム行きを決めたのは、まさかの出来事が理由だった?

こんにちは、コアラ顔の会社員兼フリーライター、こあらです。
(こあらって何者?って方は、コチラからどうぞ。)

今日は、用事があって銀行に行ったのに、パスポートを忘れるという凡ミスをしてしまい、何もできませんでした・・・。
そうでした、ここ外国でしたね。普段ちょっと忘れがちだけど。

ただパスタを食べて帰宅するという、ちょっといいお昼を過ごしただけの今日でしたが、気を取りなおして、前回の予告に書いた「ベトナムに来ることを決めた理由」について綴ってみようと思います。

そんなわけで今日も、こあらんど、はじまるよー!!

先に謝っておきますが、何かを決めきれずにいる人、踏み出したいけどきっかけを探してる人には、驚くほど参考にならない理由です。ごめんなさい(笑)
でも、そんなアホみたいな理由からでも、やりたいことをやるスタートは切れるんだなってことが1ミリでも伝わればいいな、と思います。

北京留学中に芽生えた「いつかまた海外へ」というオモイ

いつか海外で働くんだ!
ひっそりとそう心に決めたのは、北京に留学していたときのこと。

北京に留学していた約半年間は、それはもう刺激的な毎日で、苦労したことはたくさんあったけど、それも含めてひたすら楽しい日々でした。
ホームシックどころか、帰りたくなかったくらい。

言葉も文化も価値観も違うところで暮らすことって、楽なんだなぁって思ったんです。
環境の違いを苦痛に感じる人もいると思うけど、ぼくが中国で暮らした感想は、楽だなぁ、ということ。

違う国籍、違う文化、違う価値観、違う宗教、そういう違うことが前提の仲間と暮らすことは、日本にいたときに感じていた「周りと同じようにはなれない」という居心地の悪さを感じずにいられたんです。

それに、お互いに「違う」ことがわかっているから、尊重したり、譲り合ったり、受け入れたり、許したり。
そうやって認め合って共存することが、心地よくて、嬉しくて、楽しくて、生きている感じがしたんです。

異国で過ごすことは、様々な分野でぼくの許容範囲を広げてくれたし、別に周りと同じになる必要なんかないんだって、改めて思えたきっかけにもなりました。

そんなぼくが、留学が終わってもまた海外で暮らしたい、海外で仕事をしたいと思ったのは、きっとごく自然な流れだったんです。

北京留学から帰国。あっという間に流れた数年の月日。

「いつかまた海外へ」、そう思いながらも時は流れ続けます。

帰国してから移り住んだ神奈川での暮らしが日常になり、気が付いてみると、留学先の北京はもちろん、高校卒業後を過ごした札幌での約4年という時間をも上回る年月が経過していました。

神奈川で暮らし始めてから、【やりたいことリスト100】を毎年元旦に作成するようになったのですが、リストアップしたものを達成しては消して、新たに思いついては書き足してを繰り返す中で、「また海外で暮らす」という項目には赤線が引かれず居座り続けるまま。

そんな2017年のある日、部屋の片付けの合間に、ふと歴代のやりたいことを書きなぐっているノートをペラペラめくっていたとき、「また海外で暮らす」の文字が目に飛び込んできました。

そりゃあ、そうですよね。めくってもめくっても書いてあるんですから。

何度も目にしたことで強烈に脳が意識していたのか、たまたま立ち寄った本屋さんで、気が付くと『脱サラしてアジア移住!』とか『海外に転職しよう!』みたいな本を手に取っているぼくがいました。

海外への転職チャンスは、ある日突然やって来た

クリスマスが終わり、2017年も残り数日となった頃のこと。

大掃除がてらメールボックスの整理をしようと、未読メールで溢れかえるGmailの受信トレイを開き、iPhoneの画面をスクロールしながら、ズラーっと並んだタイトルを流し見していた時、ある一点でふと手が止まりました。

-ベトナム-

ん?

-海外オフィス-

んんん??

-正社員募集-

えええええ!!!!!なんじゃこりゃあああああ!!!

はやる気持ちを抑えきれず、ぼくはドキドキしながらメールを開きました。
本文を読んでみると、どうやらアヤシイものではなさそうな様子。(ちょっと疑ってました、ごめんなさい)

思いがけず舞い込んできたメールを読みながら、ぼくの脳内には、赤線が引かれないままの「また海外で暮らす」の文字が浮かんでいました。

傾いていくオモイと迷い。

ベトナムへの転職という突然現れた選択肢に、オモイはどんどんと傾いていきます。

ベトナムってフォーと生春巻きとなんだっけ?
あ、そういえばパスポート切れてたんだった・・・。
でもなんか楽しそうだよなぁ。

そんな風にワクワクが加速していく一方で、そばにいる友達と簡単に会えなくなることが、決断を迷わせていました。

でも、北海道を離れてからも、頻度は少なくても札幌にいる友達にだって会えているんだし、何かあったときは自分が駆けつけられるようにしておけばいい。
旅好きな仲間とは、どこかの国で落ち合うのもいい。
飛び出す時は、「今」なのかもしれない。

そう思いながら次第にオモイは固まっていきました。

そして、ほんの少しの迷いを残して、ぼくは12月30日を迎えました。

2017年、最後の最後に起きた、まさかのアクシデント・・・。

愉快な仲間たちとの忘年会を終えて、ぼくらは都内にある親友の家に向かっていました。

電車を降りた時には、既に日付は変わって大晦日。
お茶でも買って帰ろうと、小脇に抱えていたクラッチバッグを抱え直した時、ぼくは違和感を覚えました。
なぜかクラッチバッグのジッパーが開いていたのです。

嫌な予感がしたぼくは、慌てて街頭の灯りを頼りにクラッチバッグの中を覗きこみました。
すると、そこにあるはずの財布がなくなっていたのです。

慌てて、降りた駅やお店に問い合わせるも、財布は見つかりません。
朝になって交番にも行きましたが、そこでも見つかることはありませんでした。

途方に暮れた年末。そうだ、ベトナムへ行こう!

財布を失ったぼくが持っていたのは、ポケットに入れていたSuicaとわずかの小銭が入ったパスケースだけ。
通帳と印鑑は家にありましたが、年末で銀行も閉まっているため、お金をおろすこともできません。

あと数時間で年越しだというのに、年越しそばもお雑煮も用意できず、ビールすら買えず、ぼくはなんとも寂しく情けない気持ちでいっぱいになりました。

お正月休みが終わるまで、家にある食糧でどうにかなるかな・・・
カードの再発行手続きとか色々と面倒だな・・・そんなことを思っていたぼく。

しかし次の瞬間、ある考えが浮かびました。

そうだ、ベトナムへ行こう!

数万円の現金も、お気に入りの財布も、カードも保険証もなくしたけど、日本を出てベトナムに行くなら、なくたっていいじゃない、再発行しなくたっていいじゃない、やっぱり今しかない!
そう思ったぼくは、2017年の大晦日に、せっせとエントリーシートを作成し、送信したのです。

パスケースの中には、Suicaと小銭のほかに、パスポート申請に必要な免許証だけが入っていました。

こうして、ぼくは、ベトナムへと降り立ったのです。

おわりに

あの時、財布を無くさなかったら、ぼくは今も日本にいたかもしれません。

何かが起きた時、その出来事自体に意味はないかもしれないけれど、そこにどういう意味を持たせるか。
出来事をどう受け止め、受け入れるか、そこから何を見つけるか、どんなきっかけにするか。
そういうのは全部自由なんだと、ぼくは思っています。

これからも、うっかり何かしでかした時は、しっかり反省して、でも反省し終わったら、楽しい方向へと転がっていきたいと思っています。

それでは、この辺で今日は終わろうかな。

それじゃ、またね。

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