こあらとベトナム

ベトナム行きを決めたのは、まさかの出来事が理由だった?

こんにちは、コアラ顔の会社員兼フリーライター、こあらです。
(こあらって何者?って方は、コチラからどうぞ。)

 

今日は、用事があって銀行に行ったのに、
パスポートを忘れるという凡ミスをしてしまい、何もできませんでした。

 

そうでした、ここ外国でしたね。普段ちょっと忘れがちだけど。

 

ただパスタを食べて帰宅するという、ちょっといいお昼を過ごしただけの今日でしたが、
気を取りなおして、前回の予告に書いた「ベトナムに来ることを決めた理由」について、綴ってみようと思います。

 

先に謝っておきますが、何かを決めきれずにいる人、踏み出したいけどきっかけを探してる人には、驚くほど参考にならない理由です、ごめんなさい(笑)

でも、そんなアホみたいな理由からでも、やりたいことをやるスタートは切れるんだなってことが1ミリでも伝わればいいな、と。

 

そんなわけで今日も、こあらんど、はじまるよー!!

北京留学中に芽生えた「いつかまた海外へ」というオモイ

いつか海外で働くんだ、ひっそりとそう心に決めたのは、北京に留学していたときでした。

 

北京に留学していた約半年間は、それはもう刺激的な毎日で、
苦労したことはたくさんあったけど、それも含めてひたすら楽しい日々でした。

ホームシックどころか、帰りたくなかったくらい。

 

言葉も文化も価値観も違うところで暮らすことって、楽なんだなぁって思ったんです。

環境の違いを苦痛に感じる人もいると思うけど、ぼくが中国で暮らした感想は、楽だなぁ、ということ。

 

違う国籍、違う文化、違う価値観、違う宗教、そういう違うことが前提の仲間と暮らすことは、

日本にいたときに感じていた周りと「同じ」ようにはなれない、という居心地の悪さを感じずにいられたんですよね。

 

それに、お互いに「違う」ことがわかっているから、尊重したり、譲り合ったり、受け入れたり、許したり、
そうやって認め合って共存することが、心地よくて、嬉しくて、楽しくて、生きている感じがしたんです。

 

異国で過ごすことは、様々な分野でぼくの許容範囲を広げてくれたし、
別に周りと同じになる必要なんかないんだって、改めて思えたきっかけにもなりました。

 

そんなぼくが、留学が終わってもまた海外で暮らしたい、海外で仕事をしたいと思ったのは、きっとごく自然な流れだったんです。

帰国、神奈川への移住、数年の月日。

「いつかまた海外へ」、そう思いながらも時は流れ続けます。

帰国してから移り住んだ神奈川での暮らしが日常になり、気が付けば、留学先の北京はもちろん、高校卒業後を過ごした札幌での約4年という時間をも上回る年月が経過していました。

 

神奈川で暮らし始めてから、【やりたいことリスト100】を毎年元旦に作成するようになったのですが、リストアップしたものを達成しては消して、新たに思いついては書き足してを繰り返す中で、「また海外で暮らす」という項目には赤線が引かれず、居座り続けるまま。

 

2017年のある日、部屋の片付けの合間に、ふと歴代のやりたいことを書きなぐっているノートをペラペラめくっていたとき、「また海外で暮らす」の文字が目に飛び込んできました。

そりゃあ、そうですよね。めくってもめくっても書いてあるんですから。

 

何度も目にしたことで強烈に脳が意識していたのか、たまたま立ち寄った本屋さんで、気が付くと『脱サラしてアジア移住!』とか『海外に転職しよう!』みたいな本を手に取っているぼくがいました。

海外への転職チャンスは、ある日突然やって来た

クリスマスが終わり、2017年も残り数日となった頃のことです。

 

大掃除がてらメールボックスの整理をしようと、未読メールで溢れかえるGmailの受信トレイを開き、iPhoneの画面をスクロールしながら、ズラーっと並んだタイトルを流し見していた時、ある一点でふと手が止まりました。

 

 

-ベトナム-

 

 

ん?

 

 

-海外オフィス-

 

 

んんん??

 

 

-正社員募集-

 

 

えええええ!!!!!なんじゃこりゃあああああ!!!

 

 

メールを開き、本文を読んでみると、どうやらアヤシイものではなさそうな様子。(ちょっと疑ってました、ゴメンナサイ)

思いがけず舞い込んできたメールを読みながら、ぼくの脳内には、赤線が引かれないままの「また海外で暮らす」の文字が浮かんでいました。

傾いていくオモイと迷い。

ベトナムへの転職という突然現れた選択肢に、オモイはどんどんと傾いていきます。

 

ベトナムってフォーと生春巻きとなんだっけ?あ、そういえばパスポート切れてたんだった、でもなんか楽しそうだよなー、そんな風にワクワクが加速していく一方で、そばにいる友達と簡単に会えなくなることが決断を迷わせていました。

 

でも、北海道を離れてからも、頻度は少なくても札幌にいる友達にだって会えているんだし、何かあったときは自分が駆けつけられるようにしておけばいいし、旅好きな仲間とは、どこかの国で落ち合うのもいい、飛び出すなら今なのかもしれない、そう思いながら次第に固まっていくオモイ。

 

そして、ほんの少しの迷いを残したまま、ぼくは12月30日を迎えました。

2017年、最後の最後に起きた、まさかのアクシデント・・・。

愉快な仲間たちとの忘年会を終えて、ぼくらは都内にある親友の家に向かっていました。

電車を降りた時には、既に日付は変わって大晦日。

 

お茶でも買って帰ろうと、小脇に抱えていたクラッチバッグを抱え直した時、ぼくは違和感を覚えました。

なぜかクラッチバッグのジッパーが開いていたのです。

 

嫌な予感がしながら、クラッチバッグの中を見てみると、入れてあるはずの財布が無くなっていました。

 

慌てて、降りた駅やお店に問い合わせるも、財布は見つかりません。

朝になって交番にも行きましたが、そこでも見つかることはありませんでした。

そうだ、ベトナムへ行こう!

ポケットの中に入れていたパスケースに小銭はありましたが、キャッシュカードがないのでATMでお金をおろすこともできず、年末で銀行も閉まっているため、年越しそばもお雑煮もビールもなし・・・

カードの再発行手続きも色々と面倒だな・・・と思った次の瞬間、ある考えが浮かびました。

 

そうだ、ベトナムへ行こう!

 

数万円の現金も、お気に入りの財布も、カードも、保険証もなくしたけど、日本を出てベトナムに行くなら、なくたっていいじゃない、再発行しなくたっていいじゃない、やっぱり今しかない!

そう思ったぼくは、2017年の大晦日に、せっせとエントリーシートを作成し、送信したのです。

 

そうそう、パスケースの中には、Suicaと小銭のほかに、パスポート申請に必要な免許証だけが入っていました。

 

こうして、ぼくは、ベトナムへと降り立ったのです。

おわりに

あの時、財布を無くさなかったら、ぼくは今も日本にいたかもしれません。

 

何かが起きた時、その出来事自体に意味はないけれど、そこにどういう意味を持たせるか、出来事をどう受け止め、受け入れるか、何を見つけるか、どんなきっかけにするか、そういうのは全部自由なんだと、ぼくは思っています。

 

これからも、何かしでかした時はしっかり反省して、でも反省し終わったら、楽しい方向へと転がっていきたいと思います。

 

それじゃ、またね。

 

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